SSブログ

20240507:笠谷幸生さん逝く( ”日の丸飛行隊” ) [故人を悼む]

 4月23日に逝去。 享年80歳。

 今もスキージャンプ競技では男女ともに日本人選手が活躍していて、老生の様な年寄りを "素直" に喜ばせている。

これも・・・:
 大元を辿れば、この方が札幌五輪(1972年)で70M級(=現・ノーマルヒル)ジャンプでダントツの飛翔を見せて優勝し、併せて2位&3位を日本人選手が独占してから以降の事だ。
 世にこの3名を称して
   "日の丸飛行隊"

ってメディアはこぞって称賛していた。

どういう訳か・・・:
 私等も何の疑問も持たずにこの呼称を受け入れていた筈だが、敗戦後に四半世紀超を経ていたにも関わらずにこの様な古めかしい名称を考え出したメディア感覚・・・今のZ世代の方々には1ミクロンもご理解出来まい(?)。
 悲惨な敗戦直後から立ち直って不可能視されていた経済復興を成し遂げつつ、更なる "高み" を目指した高揚感に溢れた時代だったからこそだったのだろう・・・こんな時期が確かにあったのだ。 "今から想えば" の話だけど。
 何せ国内招致最初の冬季五輪だったし、初めての日本人選手メダル独占だったからなぁ・・・それは*2湧きましたよ。

でも・・・:
 更なるメダル独占を疑わなかった90m級(=現・ラージヒル)ジャンプでは余りの過剰期待の重さからか、日本人選手等の成績は惨敗に終わった。
 当時社会人になって素材メーカーに入社後数年の時で、直属上司が
   がっかりで深酒して眠ってしまった。
   二日酔いで頭が痛い。

って翌日(確か月曜日だった筈)ぼやいていた事を懐かしく想い出す。
 まさしく昭和でした。
 黙祷。

"日の丸飛行隊" に対して・・・:
 今や、野球の日本代表チームは "サムライ・ジャパン" と称される。
 誰が言い始めたのか、何故 "サムライ" なんて名称をつけたのか、老生の理解を超えている。
 海外から観ると我が国は未だに男子は "丁髷に刀"・・・って想われているのか?・・・失敬な!(嗤い)
 記憶に間違いなければ、仲代達矢さんが "野獣暁に死す"(1968年@イタリア)の撮影で招かれて彼の地に着いた途端
   "丁髷" はどうした

って聴かれたそうだが、この話は半世紀以上も前のものだ。
 Z世代が素直に "サムライ" を受け入れているのかな?
 とすればだが、この世代も奥行きは深いとは言えんなぁ(内緒の話だけど)。


共通テーマ:日記・雑感