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20191111:M.ラフォレさん(女優・歌手)逝く [故人を悼む]

 11月2日に逝去。 享年80歳。

 実はこの女優さんについては余りにも有名な映画のヒロインでしかお目にかかっていないのだが・・・
   ”太陽がいっぱい”(1960年:仏+伊)・・・①

 アラン・ドロン主演、モーリス・ロネ共演で世界的に大ヒットした映画で、後にマット・デイモン主演でリメイクされている:
   ”リプリー”(1999年:米)・・・②

 原作はP.ハイスミス:”リプリー” で、②の方が原作をなぞっているが映画としてのヒットは①の方。
 二十歳直前を青春時代ど真ん中とすれば、その真っただ中で観た映画。
 結末に驚いた事、よく覚えていて、今でも時々DVD版で観ています。
 それにしても綺麗な女優さんだった。

 黙礼。


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20191106:緒方貞子さん 逝く [故人を悼む]

 10月29日逝去。享年92歳。

 国連難民高等弁務官としての活動等を通して、これ程の人権擁護活動を地球規模で展開された方は例を見ないのではなかろうか。
 世界のその現状を現場を通して知る方はごく僅かだろうし、その中のお一人として活動されて来られた・・・とても自分の様な貧弱な性根の持ち主には出来ない事だ。

 不見識の極みではありますが、”難民” と一言で言っても、正直なところ自分の周りには見かけないし、遠い世界の話の様な感じさえしてしまう・・・そんな自分が情けない。

 この様な方が同胞におられた・・・とても誇らしい。
 ただただご冥福を。


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20191104:八千草 薫さん 逝く [故人を悼む]

 この10月24日に逝去。享年88歳。

 自分の年代層にとってのこの方は、少しだけ歳の離れた “きれいなお姉さん”、あるいは “お姉さんならこういう方が良いな” と言う存在感溢れる方だった。

 小顔で穏やか、”品” があって、どんな役でも観る人を身方に惹き付けてしまう・・・それがつい一年程前のTVドラマでも。

 所謂 “美人俳優” はたくさんおられるが、品がねぇ・・・
 奥行きのある演技をモノにしている役者さんがそうはいなくなったと感じている自分から観ると、とても貴重な女優さんでもありました。

そう言えば:
 大分前になりますが、故・三國連太郎さんと一緒に超高級サプリメントのCMに出演されていて、我がワイフ殿が “ついつい” つられてそれを使っていましたが、三國連太郎さんがお亡くなりになってからはCMそのモノを見かけなくなり、何時しか買わなくなっていたのを想い出します。

 ご冥福を。

追記:
 あの松本零士氏原作 “銀河鉄道999” のヒロイン “メーテル” のイメージはこの方だったそうです。
 TVでそう紹介されていて、納得致しました。

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20191020:A.レオーノフ氏 逝く(人類最初の船外活動宇宙飛行士@旧ソ連) [故人を悼む]

 10月11日迄に逝去(訃報記事:2019年10月13日)。 享年85歳。

 宇宙開発で米ソが熾烈な競争していた時代の1965年5月に人類初めての宇宙船外活動を果たした方で、ニュースを何となく覚えている。
 当時の自分は学生で、理工学専攻を志すも、中学生の頃に抱いていた天文学とかロケット工学の方面とは離れていたが、宇宙開発もついにここ迄来て、これからは “手塚治虫ワールド” も夢ではなくなっていくのか・・・なんて受け取っていました。

因みに:
 人類が初めて月に着陸したのはこれから4年後のことでした。
 それから半世紀経った今、資源への関心と火星への中継基地建設の観点から再び月が関心を呼び起こさせているようですね。

 偉大な先人達も今や多くが彼岸へ旅立っている時代になりました。
 黙礼。


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20191017:和田 誠氏 逝く(週刊文春表紙イラスト) [故人を悼む]

 10月7日に逝去。 享年83歳。

 台風19号対策も自分で出来る事は一通り終えた11日(金)夜のひと時。
 自分はパソコンに向かっていたが、我がワイフ殿が “この方が亡くなったっ!” と “飛んで” 来た。
 が、誠に失礼ながら何方か解らず “ぽかん” としていたら、”ほらっ!この表紙の方よっ!” って真新しい週刊文春誌を見せた。

 あぁ~そうか、この何処か “ホッと” するイラストの書き主だったか。

 翌日の新聞訃報記事とネットを通して、このお方が多才な活躍をされ、優れたエッセイをモノにされている方と知った。
 まったく自分の不明を恥じ入るばかりでした。
 申し訳ありません。
 ご冥福を。


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20191015:川又 昂(かわまた たかし)氏逝く(映画撮影監督) [故人を悼む]

 10月5日に逝去。 享年93歳。

 映画の名監督は多数知られているが、撮影担当トップ、即ち撮影監督で著名な方は比べると少ない・・・のではなかろうか。

 この方は、自分が鑑賞した映画の中では、1960年の
   “青春残酷物語”(大島渚監督;桑野みゆき主演)
&  ”日本の夜と霧”(〃;渡辺文雄主演)、

また松本清張原作の最初の映画化作品:
   “ゼロの焦点”(野村芳太郎監督;久我美子主演;1961年)
&  “砂の器”(同監督;丹波哲郎&加藤剛主演;1974年)

で見事な映像を切り取った事で知られている筈だ(年代は WikiPedia で確認)。

 今の映像はやたらめったら3Dを意識している様だが、こう言う “奇” をてらったところがありませんでした・・・と受け取っています(言い過ぎかも)。

 黙礼。


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20191014:金田正一氏逝く(プロ野球400勝投手) [故人を悼む]

 10月6日に逝去。 享年86歳。

 自分が未だ “野球観戦” に興味を持っていた時代の不世出の投手だった。
 なにせ弱小球団だった “国鉄スワローズ” @セ・リーグ時代に400勝の大半を稼ぎだしていた。

 あの長嶋選手@巨人軍のデビュー戦で4連続三振に打ち取った場面を今でも鮮明に覚えているのは自分等の世代だけ(?)かも・・・

 球速計が整備されていなかった時代だったが、あの凄まじい剛速球は時速155kmを軽く越えていたとしても自分は驚かない。

 また当時は同じ日の昼と夜間にゲームが開催されるケースも結構あって、連投していたことあったような・・・ 

 正に超人の活躍だったなぁ・・・

 確か、所属球団の経営が国鉄(当時)から新聞社系へ移行すると同時に巨人軍へ移籍し、400勝達成で引退。
 その後に監督業もされたが、自分には移籍前の偉大な活躍が記憶されている。

 投手が “分業” 制になってしまった時代の今、年間20勝を何年間も続ける様な投手はもう出まい。
 失礼ながら特別のファンと言う訳ではなかったが、日本のプロ野球を強烈に彩った偉大な投手でありました。
 黙礼です。

因みに:
 “国民栄誉賞” に充分値していた “球歴” と想うがなぁ・・・
 “自由人” の様な性格のセイかしらん?
 ・・・言い過ぎましたか?
 とすれば・・・ m(_ _)m

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20191009:佐藤しのぶ氏逝く(ソプラノ歌手) [故人を悼む]

 9月29日に逝去。 享年61歳(10月3日公表)。

 歌劇の素養皆無の自分でも、このお方が世界的に著名な歌手/プリマドンナで、”椿姫” でデビュー、上皇/上皇后即位記念祭典に出演された事は知っている。
 我がワイフ殿から聴いたところでは、例のNHK紅白にも出演された事があるとか。

 僅か61歳の若さで・・・我が国が誇り得る才能の惜しまれる喪失です。
 残念です。
 黙礼。


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20190926:G.バッキー氏 逝く(投手@阪神タイガース(元)) [故人を悼む]

 9月14日に逝去。 享年82歳。

 台風15号後始末やら何やらでしばらくお休みしていた行きつけの居酒屋さんで。
 この間行ったところ、親父さんから
  ”バッキー逝ったよ。知ってた?”
って訊かれた。

 “3.11” の余波で東京&その周囲の県では “計画停電” が実施されていた頃。
 プロ野球開幕を巡ってパ・リーグが素早く遅らせたが、セ・リーグでは巨人軍が当初計画通りと “頑な” に主張して “ごたごた” が続いた以降、嫌気がさした自分は野球観戦を閉じていて、TV&新聞等一切の情報を断っている(筋違いは十二分に承知で “腹いせ” からMLBは観ていたが・・・)。

が:
 さすがにバッキー投手の事は覚えている
 阪神の久方ぶりの優勝に貢献したし、幾つもの輝かしい記録を打ち立てていた筈だ。

 この居酒屋さん常連のお一人、大手 IT-企業にお勤めの技術屋さんはご出身が神戸・・・でもって熱烈な阪神ファン。
 昨日来ていて、名前だけはご存じだったが、活躍は知らないって。

 そんな今は大昔の事だったんだなぁ(訃報記事に寄ればバッキー投手のおかげで阪神が優勝したのは1964年・・・それから半世紀以上経ってる)。
 彼は若く、そこ迄はいっていないお歳の筈だ。

 日本のプロ野球の発展に貢献された事は間違いない。
 黙礼。


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20190916:長谷川慶太郎氏 逝く(経済評論家) [故人を悼む]

 9月3日に逝去。享年91歳(9月5日付け各紙訃報欄)。

 1980年代、盛んにTV番組で “日本経済の力強さ” を喧伝しておられた事を想い出します。
 経済の先行きについて、 “れば/たら” 付きだったが自信満々の持論を展開されておられた( ”自分の言う通りにやれば必ず巧くいく” )。

 所謂 “バブル崩壊” 以降は余りお見かけしなくなったが、日本経済の “ピーク” に向けて経営者に “自信”(もしかしたら少しの “慢心” も) を植え付けられたお方のお一人だったのかも。

 自分は経済方面にも素養皆無だが、この分野を切り拓かれた先駆者だったのでは・・・
 黙礼。


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20190915:池内 紀(いけうち おさむ)氏 逝く(ドイツ文学者&エッセイスト) [故人を悼む]

 8月30日に逝去。享年78歳(9月5日付け各紙訃報欄)。

 W.ゲーテやF.カフカ等の作品の翻訳で知られたお方だ。

 が、自分はゲーテ’ファウストしか読み込んだ事は無い(カフカものは自分には難しすぎて読み通せない)。
 自分と大差ないお歳だが、足許にも及ばない大したお方だ。
 こう言うお方達が我が国の文化を分厚くされておられたのだろう。

 黙礼。


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20190824:P.フォンダさん逝く [故人を悼む]

 8月16日に逝去。享年79歳。

 知る人ぞ知るお方で、H.フォンダ氏を父に、J.フォンダ氏を姉に持つ役者だ。
 残念ながら自分は “イージー・ライダー”(1969) のイメージが強すぎて、これしか思い浮かばない。
 共演のD.ホッパー氏やJ.ニコルソン氏も “あく” の強い役者だと想うが、それに似合うとも言えそうな “ラストシーン” が強烈に過ぎました。
 それにしょっちゅう(?)流されていた “ステッペンウルフ” の “ワイルドでいこう ( ”Born to be wild” )” が凄かった(信じ難い事にはカラオケで歌う事、あるんですヨ)。

因みに:
 自分だけの想い(≒錯覚)に過ぎませんが、この “イージー・ライダー” と “タクシー・ドライバー”(主演:R.デ・ニーロ、1976)の2本から70年代の米国の “狂気” が読み取れる感じがしていました。
 今はそんな想いをするには余りに歳を取り過ぎましたが・・・
 黙礼。

追記:
 この作品、再鑑賞しました。
 並みの映画じゃぁありません、今観ても。


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20190813:B.ヒートリー氏(東京五輪1964-男子マラソン2位)逝く [故人を悼む]

 この8月3日逝去。享年85歳。

 東京五輪’64の男子マラソン競技で、旧・国立競技場トラック・ゴール前200m辺りで円谷幸吉選手を抜いて2位となったシーンを覚えている(1位はA.アベベ選手@エチオピア ← ローマ五輪’60優勝者)。
 NHKアナウンサーが “悲鳴” をあげていた。

 円谷選手は3位だったものの、奮わなかった陸上競技界の中でのメダル獲得者となったが、その後は次の五輪への期待が重すぎ不幸な結果となった。
 自分と同世代であれば何方も覚えておられる事でしょう。

 確か東京五輪&パラリン’20が確定し、東京五輪’64開催50年に当たる2014年に来日していて、故・円谷選手の親族にお会いしているニュースを観て感慨深かったです。
 黙祷。

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20190806:”ディープインパクト” 号逝く [故人を悼む]

 競馬をやらない自分でもこのサラブレッドが “空飛ぶ馬” で、クラシックレース無敗三冠馬だった事は覚えている。
 残念ながら回復見込みの無い頸椎骨折で安楽死させられた様だ(2019年7月28日;17歳)。
 いろいろな方々がそれぞれの想いを以て追悼されている・・・それ程の名馬だったのでしょう。
 GI レースを7勝して引退後は種牡馬として優れた子をたくさん残したと各紙記事にあったし、中には我が国が産出した最高馬との評価もあった程だ。
 名馬よ、安らかに眠らんことを・・・

因みに:
 この訃報記事で “ふと”
   岡嶋二人氏:”焦げ茶色のパスカル”
を想い出した。
 競馬ミステリといえばディック・フランシスものが超有名だが、このミステリも名馬を巡る素早いストーリー展開で負けていない・・・と想います。
 ディープインパクト号の様な類い希な名馬が主役でした。

それにしても:
 馬って、”優しい眼” をしていますね。
 “馬に夢中” って人がいる事、解る気がします。


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20190802:R.ハウアーさん逝く(俳優@オランダ) [故人を悼む]

 7月19日に逝去。 享年75歳(7月26日付け各紙朝刊訃報記事)。

 何と言っても “ブレードランナー”(1982年)の主役H.フォードさんに対する “レプリカント” (=AI-搭載合成人間)リーダー役が圧倒的でした。
 どこの記事でもこれしか紹介されていないが、たしかバットマン・シリーズのどれかに出ていた筈だが・・・それに環境保護論者で、反捕鯨派だったか?

 我が国とか北欧の捕鯨国にとっては “煙ったい” 存在だったに違いなかろうが、こういう渋い役者・・・って、居なくなってから存在感が浮かび上がるんですねぇ。
 黙礼。


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20190603:マレー・ゲルマン氏(素粒子理論物理学者)逝く [故人を悼む]

 現在の素粒子物理学の基礎を築いた大天才(M.Gell-Mann)がついに召された様です。
 去る5月24日に逝去。 享年89歳。

 既に鬼籍入りされている R.P.ファインマン氏との共著論文とか論争は物理学を囓った学生であれば誰でも読んだり知っていた筈だ・・・それ程に画期的な論文が次から次に発表されていた。
 どれ一つとっても並みの物理屋が一生に一度書けるかどうかの質の高さだった。

 あの “左右対称性非保存”(”パリティ非保存”)を予言した “リー&ヤン” 両氏は、僅か2頁足らずの論文でノーベル賞を獲得されたが、それに劣らない快挙で、今では多くの方々がその名を知っている “クォーク” の存在を見事に群論的に定式化した。

 当時はその名前の元となった小説(J.ジョイス:”フィネガンズ・ウェイク”)に登場する “架空の存在” の通り “素粒子の最も根源的な数学的表現” ・・・ との解釈だったが、今では ”実在” が検証されている。

 これ程の大天才が再び現れる・・・事は少なくとも自分が旅立つ前にはなかろうと想います。
 黙祷。

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20190522:京マチ子さん逝く [故人を悼む]

 この5月12日に逝去。 享年95歳。

 昨日ブログのD.デイさんご同様に天寿を全うされたと言えるのかも知れない。
 同じ様に今のお若い方々にはご存じ無いかも知れないが、自分の年代には懐かしい女優さんだ。

 自分の記憶に残っている映画、何と言っても特に “羅生門”(1950年;黒沢明監督)、”雨月物語”(1953年;溝口健二監督)、”地獄門”(1953年;衣笠貞之助監督)、それに “新・平家物語 義仲をめぐる三人の女”(1956年)では圧倒的な美しさに驚くばかりだった(年代は WikiPedia を参照)。

 グランプリ女優とも言われた。
 腕のある監督&作品に恵まれた事もあろうが、上品な顔立ちに加えて、”ハリウッド・ライン” の横顔の美しさが欧人を魅了した事もあったのではなかろうか・・・そんな気がします。
 ただただ黙礼です。

付け加えて:
 最近だったかデジタル修復された “羅生門” がTV放送されていましたが、あんな大昔に作られた作品が今見ても面白いのには些か途惑いました。
 不思議な映画です。


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20190521:ドリス.デイさん逝く [故人を悼む]

 この5月13日に逝去。 享年97歳。

 お歳から言えば天寿を全うされたと言えるのかも知れない。
 お若い方々はご存じ無いと想いますが、自分の世代には懐かしい方で、数多くの歌&映画で活躍されていた。

 ① ”センチメンタル・ジャーニー”、② ”二人でお茶を”、③ ”ケ・セラ・セラ”、④ ”先生のお気に入り” なんぞが直ぐに想い出せ、我が国でも大いにヒットしたものだ。
 少し怪しいところがあるが、今でも歌える。

 特に③はA.ヒッチコックのお馴染み映画 ”知りすぎた男” で拉致された我が子を相手側大使館内で探す時の歌で、映画史に残る緊迫シーンの一つではなかろうか。
 ④はC.ゲーブルとの共演でしたね。

 ネットで確認して初めて知ったのですがドイツ系とか・・・ちょっとイメージ違う感じだが。
 黙礼。


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20190425:モンキー・パンチさん逝く(”ルパン三世”) [故人を悼む]

 既に2週間経ってしまった。
 4月11日逝去。 享年81歳。

 代表作 “ルパン三世” は誰も描ききれなかった華麗なタッチで、”しゃれっ気” たっぷり & ”魅惑気” たっぷりだった。
 原作人物像がそのまま動き出したかの様なアニメ:“ルパンvs複製人間”(劇場版第1作:1978年←ネットで確認)が一番のお気に入りだが、”カリオストロの城” を押す方も多い。
 “複製” 人間 ・・・ ”クローン” がまだ一般にはなじめない用語だった時代感が一杯だ。

ところで:
 ミステリー好きのタイプは “ホームズ派” と “ルパン派” に分かれるとは綾辻行人氏が何処かで語っておられた “説” だが(同氏はルパン派)、自分の身の回りにはルパン派が多く、”三世の愛車:フィ*ット500” を乗り回す奴もいる。
 アニメにもホームズ派は “コナン”、ルパン派は “三世” 贔屓なのでは?

 4月19日(金)夜には “ルパンvsクローン” が放映されていて、録画して見直していたが、主題歌を歌った故・三波春夫さんを始め、声の出演者の多くが既に向こう岸に渡っている ・・・ それだけの時が流れ去ったと言う事で、 ”さもありなん” でした。

 ご冥福を。
 黙礼。


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20190406:萩原健一さん逝く(”ショーケン”:歌手・俳優) [故人を悼む]

 3月26日逝去(新聞各紙報道:3月29日)。 享年68歳。

 驚きました。
 3月28日は近在4名の久方ぶりの同期会を都内で過ごし、すこぶる付きの上機嫌で帰ったとたん、我がワイフ殿から 「あんたのお気に入り “ショーケン” ・・・ 亡くなったらしいわよっ!」 の一言で酔いが覚めてしまった。
 何でもフジTVで放送中の “平成最後” の “砂の器”(原作:故・松本清張氏)を観ていたら速報テロップが流れていたとの事。

 昨年秋にはNHK土曜連続ドラマ “不惑のスクラム” で初回初頭場面から出番のある老齢 “ラガーマン” を演じておられたばかり(*1)
 第3話辺りまで最終ステージのがんに犯されつつも高橋克典さん演ずる主人公を励ます好々爺・・・実年齢に比べて少し老け過ぎかなぁ・・・なんて気になっては居ましたが、訃報記事に依れば2011年来闘病されておられたとの事でした。

 役者として沢山の映画・TVドラマに出演されたが、自分は “テロリストのパラソル” の主人公役(フジTV版)、我がワイフ殿は “日本一周旅号殺人事件” の 十津川警部役(TV東京版)が未だにお気に入りです。 どちらも今は大昔のドラマですが・・・

 幾つもの事件を起こして自らの人生を “ジェットコースターの様” ともなぞられていましたが、今の世の中では長いとは言えない波瀾万丈の人生を閉じられてしまった。
 正直、”鴨川食堂料理長” として今一度ご活躍して欲しかったです。
 ご冥福を。
 黙礼。
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(*1):20180910:ありゃッ! ”ショーケン” だ(”不惑のスクラム”@NHK)


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