SSブログ
故人を悼む ブログトップ
前の20件 | -

20240418:曙 太郎さん逝く(元・横綱) [故人を悼む]

 訃報11日。 享年54歳。

 史上初めての外国人横綱。
 明治神宮で行われた奉納土俵入りは実に堂々としたモンだ・・・そのTVニュースを観た時、そう感じた。
 超のつく程の巨漢力士だったけど、どこか "はにかんだ笑顔" が印象に残っている。

ところで:
 どの訃報記事でも同期入門の若貴兄弟横綱との優勝決定巴戦に触れていた。
 老生は当時人気の高かった若貴が苦手で(実は今もそうだが)、故人が優勝した時は "人知れずに" 喜んだものだった。
 当時のマスコミはかってに "ヒール" 役を押し付けていたしね・・・それが気にくわなかった。

 引退後は東関部屋付き親方として後進力士の指導に当たっていたが、その後格闘家に転身したのには、いろんな事情があったにしても正直 "ガッカリ" したものです。
 それにしても若過ぎる旅立ちでした。
 黙祷。

付記:
 相撲部屋には表に出ない/出せないダークサイドが沢山あるのだろうが、それを束ねる日本相撲協会は、意外にもビデオ判定とか、国籍不問とかをいち早く導入している・・・なんて、不思議な財団法人ですねぇ。
 しかも・・・取得かつ維持が難しい "公益" が付いた法人だ。
 謎に包まれている・・・としか想えない。




共通テーマ:日記・雑感

20240417:P.ヒッグス氏逝く(素粒子学者) [故人を悼む]

 8日に逝去。 享年94歳。

 所謂 "ヒッグス粒子" の存在を予言した事で知られ、2013年ノーベル物理学賞を受賞している。

"その筋" からの受け売り情報:
 現代素粒子物理学の教えるところでは物質の最小単位である処の "素粒子" は "17種類" あって、
   A:物質(陽子や中性子)構成:12種類
    -クォーク類:6種類・・・①
    -レプトン類:6種類(電子・中間子・ニュートリノ等)・・・②
   B:力場構成:4種類
    -強い力:1種類(原子核構成グルーオン)・・・③
    -弱い力:2種類(原子核崩壊ボゾン)・・・④
    -電磁力:1種類(光子)・・・⑤
   C:物質に質量付与場構成:1種類
    -ヒッグス粒子・・・⑥

とされる(東大’素粒子ネット解説より要約)。

 老生が院生時代迄に習ったのは精々①の一部(2種だけが知られていた)と②~⑤迄程度で、⑥は1964年に故人の論文でその存在が予言されていた筈なのだが、"覚え" が無い。
 ①から⑤迄は前世紀中に発見確認されていたが、⑥の実在は2011~2012年にかけてで、結構大きな報道でしたよ。
 実在する筈なのになかなか見つからない事もあって "神の粒子" なんぞと呼ばれていたそうだ( "The God Particle" )・・・(*)。

 これで素粒子 "標準理論" を構成する全てが発見されたものの、近年はこの標準理論の枠内では説明のつかない現象が "ちらほら" 発見されていて、今後の成り行きが注目されている・・・とは、実験宇宙線物理学に関わってきていた大学同期生に聴いた事があったが、正直良く解らんかったデス。
 故人の論文には日系米国人でやはりノーベル物理学賞を受賞している故・南部陽一郎博士の理論が関わっているそうだ・・・が、勿論老生には解らない上、何故に17種類しか無いのか、或いは17種類もあるのかさえも解らない。
 が・・・、偉大な理論物理学者に黙祷。
-----
(*):
 "神の粒子" と呼ばれていたが、その "名付け親" とされる学者は、なかなか見つからない事から
   "忌々しいクソったれ粒子(The Goddamn Particle)"

って言いたかったのさ・・・とは件の同期生から聴いた話デス。
 ホントかどうかはチコッとも解りませんが・・・




共通テーマ:日記・雑感

20240412:鈴木健二さん逝く(元・NHKアナ:”教授@面白ゼミナール” ) [故人を悼む]

 3月29日に逝去。 享年95歳。

 何って言ったってNHK総合TV番組:
   - 歴史への招待
   - クイズ面白ゼミナール

の今で言うMCだった。
 それはもう名人級・・・って言ったって、今ではご存じの無い方の方が殆どだろうか。
 番組を通して知った故人の多岐にわたった博学は、懸命かつ万全を期した "下調べ" によるとは、何かの人物紹介記事で読んだ記憶がある。
 解説の中で挿入された "暖かいユーモア" ・・・今のアナにはもう観られない穏やかな性格由来なのかも。
 優しいお顔立ちで、観ているこちらまで豊かな気持ちに成る程でしたか。
 黙祷。

因みに:
 故人は大の "蕎麦好き" で
   あろう事なら、朝昼晩、蕎麦を食べたいくらい

って仰っていた事を懐かしく想い出しました。 何の講義だったかは忘れていますが・・・

共通テーマ:日記・雑感

20240410:飯田勧さん逝く( ”オーケー” ストア創業者) [故人を悼む]

 2日に逝去。 享年96歳。

 "Everyday Low Price" ・・・をキャッチ・フレーズにした "超" がつくディスカウント・スーパー "オーケー" の創業者にして現・会長だ。

 老生の住む横浜市北部丘陵地帯にもクルマで10分もかからない処にあって、バタール様の堅パン買いによく利用する。
 このお店の良い処は、置いている商品全体が他店よりも安い上に、会員登録すれば更に割引になるし、現金精算であれば更に割り引きされ、結局の所、消費税分の大部が節約できる事に尽きる。
 今一つは、ナショナル・ブランド品もそれなりに安くなっている事だ。

 年金+預貯金取り崩しであえいで日常を送っている私等には大変有り難いお店だ。
 難点は、利用者が平日でもそれなりの多く、駐車場が混んでいる事だろうか。
 謹んで創業者に感謝を込めて黙祷したい。
 こう言うお店ばっかだと助かるんだが・・・

共通テーマ:日記・雑感

20240330:寺田濃(みのり)さん逝く(役者) [故人を悼む]

 3月14日に逝去。 享年81歳。

 何処の訃報記事でも主演映画( "肉弾" や "ラブホテル" )での活躍を報じ、更に舞台及びテレビで名脇役を演じたと紹介されている。
 が、老生は残念ながら映画&舞台でのご活躍を観ず仕舞いだった。
 TVドラマでは好々爺を演じられた事もあったが、どちらかと言えば敵役とか加害者役が多かった様な印象だったものの、深みのある台詞と佇まいは主役側の若手役者を盛り立てるに徹していた様にすら感じていた。
 要するに憎めない加害者役だったか。
 またしても名役者が旅立ってしまい、残念でならない。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20240320:TARAKOさん逝く(ちびまる子ちゃん) [故人を悼む]

3月6日に逝去。 享年63歳。

 アニメ:"ちびまる子ちゃん"(フジTV;1990年~)主人公 "まる子" 役で余りに有名だ。
 老生だとて、醒めた(?)/冷めた(?)/覚めた(?)小学生らしい雰囲気を感じていた。
 原作者(さくらももこさん)も若くして旅立っていて(2018年8月15日。享年53歳)、その葬儀での故人の弔辞映像が放送されていたのを観ると、残念が続いている感じだ。
 ネット記事に依れば風変わりな芸名は "タラちゃん"@サザエさん の様な喋り方だった事から付けられたニックネーム "タラ子" に由来すると知った。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20240319:鳥山明さん逝く(Dr.スランプ&ドラゴン・ボール) [故人を悼む]

 3月1日に逝去。 享年68歳。

 故・福井栄一’"イガグリくん" や 故・竹内つなよし’ "赤胴鈴之助" で漫画に目覚めた老生がハマったのは、故・手塚治虫/故・横山光輝/故・赤塚不二雄/ちばてつや諸氏が絶頂期の作品群で、故人の
   Dr.スランプ・・・①

   DRAGON BALL・・・②

はその後に "脇" から眺めていたに過ぎない。

とは言え・・・:
 現役の頃、自分の所属していた研究室のお隣に①の "アラレちゃん" そっくりさんがいて、話題になっていた。
 その上驚いた事には、後々になって自分等の部屋へ移動して来た事だった。

 ②については "ドラゴン・クエスト" との違いも理解していなかった老生だったが、"孫悟空" と聴けばやはり老生は
   故・手塚治虫:ぼくの孫悟空

の方を先に思い浮かべるのはやむを得ない。
 しかし②は世界80ヵ国以上で愛読され、その累計発行部数は2.6億部と言うから驚くばかりで、フランス大使館や中国外務省等々から哀悼の辞があったというのも頷けるか。

 ①や②と老生が育った漫画の最大の違いは
   キャラクターのデフォルメ度合い
   話のテンポ

ではなかろうか。
 そして、それこそを今の世界が求めていたもの・・・そんな理解です。
 とすれば、故人は "殻" を打ち破った方だった。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20240315:海保5名の安らかな永眠を願う(羽田空港事故) [故人を悼む]

 年明け早々の羽田空港で起こってしまった衝撃的な海保航空機/JAL機衝突事故から2か月・・・死亡した海上保安官5名の公葬が営まれたのはこの3月2日の事だ。
 やりきれないのは、この海保機が元旦午後に発生した能登地震被災地へ救援物資を運ぶ為の飛行だった事だ。
 遺族の方々も無念に違い無い。
 犠牲になられた5名の安らかな永眠を願うばかりです。
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20240307:山本陽子さん逝く(女優) [故人を悼む]

 2月20日に逝去(訃報:22日)。 享年81歳。

 我が国を代表する女優さんのお一人だった。
 この訃報に我がワイフ殿がビックリしていた。
 と言うのも、2月2日にはあの "徹子の部屋" に高橋英樹さんと一緒に出演されていたのを観たばかり・・・だったと言う。
 加えてこの4月からは舞台で
   "そして誰もいなくなった"(原作:A.クリスティ)

に出演するとの事で、久方ぶりに芝居見に行くか・・・って話していたんですよ。

 和装が似合う方で、同じ名字の海苔専属CMを随分と長い間演じておられましたなぁ・・・
 かと想うと、ポルシェやジャガーを乗り継ぐクルマ好きとかで、これもTV番組で観て驚いた事もありました。
 そう*2、金田一耕助もので "病院坂の首縊りの家" にも出演されていたっけ。
 多才な方だった。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20240305:矢野博丈さん逝く(100円ショップ創業者) [故人を悼む]

 2月12日に逝去(訃報:2月20日)。 享年80歳。

 超有名な所謂 "100円ショップ" の創業者だ。 訃報記事で知ったのだが、
1972年に
   "¥100に統一した雑貨"

をトラックで移動販売する事から始まった様で、本格展開は1987年からとの事だ。
 1987年と言えば、4月に国鉄が解体されJRが発足した今は昔の年で、バブル期頂上を目指していた時でもあったものの、"デフレ経済" を象徴する小売業の新たな業態を築いたとあった。

 老生が当地(横浜市北部丘陵地域)に越してきた30年程前にはクルマで10分程の所にこのお店があって、文具等を購入していた事を想い出した。
 どういう訳か、その店舗は数年程して閉店してしまい、その後はこの種の店舗不在地域になっちまっていて、チコッと残念だ。

 世を挙げて何でもかんでも値上げの大波が押し寄せてきている。 中には "便乗組" が多数あるに違い無いと老生は睨んでいる。
 国も経済団体も "計画インフレ" まっしぐらだが、
   100円ショップの何処が悪い

・・・って想う。
 まぁ、¥100-で収まらない雑貨も多いに違いないが、余計な出費は¥1円でもしたくない・・・高ければ消費税も高く、それを裏金として懐にしかねない国会の先生方に吸い上げられるからね。

 ・・・ので、先見者に敬意を表して黙祷デス。

驚いた事に:
 能登地震から2ヶ月・・・NHKR1が今の状況、災害に向けての準備すべき防災品等の紹介等々を報道していたニュース番組(?)があった。
 そこで、防災品の中には
   100円ショップで十分に賄えるモノが沢山ある

って言っていたのが印象的でした(まぁ、¥100-に収まらないのが多いけど・・・らしいが)。

共通テーマ:日記・雑感

20240217:小澤征爾さん逝く(マエストロ) [故人を悼む]

 6日に逝去。 享年88歳。

 偏見&自我の強い欧米クラシック界で、屈指のウィーン国立歌劇場やボストン交響楽団等々の音楽監督を務めあげ、誰でもが認めざるを得ない程の強烈なオーラを背負った指揮者として余りにも有名だ。
 クラシック・ファンの方が指摘するのだが、この方が指揮をとると一段も二段も格上の音が引き出される・・・正に "世界のオザワ" と呼称されてきた由縁だ。 名だたる楽団&音楽家からの追悼が後を絶たない。

 故人の才能は最初に海外で認められ、評価が定着してから我が国での受け入れが始まった事を忘れてはいけない。
 クラシックはやはり輸入芸術だった訳だ。 実際に、かってはN響が故人の指揮にボイコットしたりした事があったが、NHK総合TVのニュースではそのことにはチコッとも触れずに訃報を淡々と報じていた。

 奇しくも1月に逝去した江戸京子さん(ピアニスト)は故人の元妻だった。
 併せて黙祷。

因みに:
 老生は故人の指揮されたLP&CDはほんの少ししか持っていない。
 故人の卓越した才能は感じるが、何か、合わない・・・そんな感じなのです。
 勿論、老生の感受性に "問題あり" に違い無いとの自覚はしております。

共通テーマ:日記・雑感

20240207:正司歌江さん逝く( ”かしまし娘” ) [故人を悼む]

 1月19日に逝去(訃報:26日)。 享年94歳。

 4姉妹の内の3名(歌江・照枝・花江)で結成した漫才トリオ "かしまし娘"(元・松竹芸能所属) で大活躍されたのを覚えている。
 名の通りに "かしましい"(賑やか)音曲漫才でしたなぁ。

 漫才って言うのは、関東芸と関西芸では全く違っていて、こちらでは "好き派"/"嫌い派" がはっきりしていましたが、老生はどちらかと言えば "40%/60%" 程度でしたか・・・"テンポ" が速過ぎて、また "笑いの根っこ" が理解出来ない所もあったせいかも。

 訃報記事やネットで知った来歴を観ると
   1996年:大阪市文化功労表彰
   1999年:文化庁長官表彰

を受賞されていた事を知りました。
 また漫才から離れて役者としても多くの映画やTVドラマに出演されていて、
   映画:松本清張’坂道の家(1983年;松竹)
   TVドラマ:赤めだか(2015年;TBS)

にも出演されていたとの事だった。 が、見た筈なのに申し訳無い事にはどうも記憶に無い。
 昭和の笑いを造った芸人のお一人と言えそうですね。
 "昭和はあまりに遠くになりにけり"・・・ですか。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20240120:八代亜紀さん逝く(歌手&画家) [故人を悼む]

 12月30日に逝去(訃報:1月9日)。 享年73歳。

 演歌の女王である事は知っているが、老生は演歌が苦手だ。
 だが、故人がジャズをも十二分に熟している事(”夜のアルバム”)、そしてフランスの著名な(と言っても老生は疎いが)絵画展に何回も連続出展/入選されている事も知っている。
 多才な方だったに違い無い。

 加えて、災害被災地や女子刑務所を頻繁に慰問されていた事を訃報記事から知ったが、これなぞは故・J.キャッシュを想い出さずにはおられない( "Folsom Prison Blues" が超有名) 。

そんな想いをしていた時:
 NHKR1’深夜便の中で故人の "Over the Rainbow" を聴いた。
 老生の印象では、本家のJ.ガーランドと比べても遜色無かったし、醸し出す雰囲気も良かった。
 それなら "A Fool Such as I" のようなC&W等も歌唱して欲しかったが・・・D.デイ版よりも上だと想うのに残念だ。

でも・・・:
 "Now and Then"( "The Beatles" )の出来映えを聴けば、今のAIの技術なら出来る筈だが・・・

 黙祷。



共通テーマ:日記・雑感

20240118:中村メイコさん逝く(俳優) [故人を悼む]

 12月31日に逝去(訃報:7日)。 享年89歳。

 年末に何処かの局の番組に出演されていた様に記憶していたので・・・この訃報には驚きました。
 テレビ放送の草創期から活躍されてきた方だ。
 NHKの番組によく出演されていた。

が・・・:
 老生には、とぼけた歌:"田舎のバス" が大ヒットした事を覚えている。
 我がワイフ殿が "どんなだっけ?"・・・って聴いてきたのだが、老生は何の脈絡も無く
   いっなか~のバスは おんぼろグルマ
   タイヤはつぎだらけ 窓は閉まらない
   それでもお客さん 黙って乗っている
   そ~れは私が 美人だか~ら・・・

って、直ぐさま歌い出せたのです。
 いや~・・・自分でもビックリした。 刷り込まれていたのですね。

 はてさて、今のテレビ界を観てどんなふうに感じておられたのだろうか。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20231227:寺尾関逝く(元関脇@大相撲) [故人を悼む]

 17日に逝去。 享年60歳。

 現役時代は随分と格好良かった関取でした。
 今の様な余りの巨体揃いで肉弾戦主流の相撲とは違って技能派と言ってよかったか。 父親の故・鶴ヶ峰関(元関脇)は "もろ差し名人" だったなぁ。
 今は禁句かも知れないけど、ダントツの男前力士でした。

 現役引退後に錣山親方として井筒部屋付きになり、その後色々な経緯(いきさつ)があったらしく "分家独立" して "錣山部屋" を起こし、元小結豊真将(ほうましょう;現立田川親方)や現小結阿炎(あび)らを育てた。
 老生は "しころやま" とは長い間読めなくてね・・・
 黙祷。

因みに:
 現役時代の四股名の ”寺尾” ・・・ 余りに "らしく無い" ので不思議だったが、"故人の母親の旧姓" だったとは、訃報記事で初めて知ったのでした。

共通テーマ:日記・雑感

20231219:寺山恵美子(旧姓:宮本)さん逝く(バレー@五輪1964東京大会) [故人を悼む]

 7日に逝去。 享年86歳。

 "寺山" ・・・って言われてもピンとこなかったが、旧姓が "宮本" と知って解った。
 あの "東洋の魔女" のお一人だったかただ。

 老生世代の多くが、五輪1964東京大会での女子バレーボールで最強と言われ続けて着たソ連(当時)を3セット連続で破って我が日本代表が金メダルに辿り着いたTV中継を、今の言葉で言えば "リアル" で観ていた筈だ。
 彼女等は "東洋の魔女" と呼ばれ、故人は飛び抜きのサウスポー・アタッカーだった。 回転レシーブも見事にこなし当時の写真を掲載した訃報記事もあって、いよいよ記憶を新たにした。
 見事な技の背景には故・大松博文監督が指導した "鬼の練習" があった・・・とは、後で知らされた事でした。
 今は昔、当時の日本と私等は何か(に) "燃えるモノ" がありましたねぇ・・・後期高齢者の妄想に過ぎないかもだが。
 お若い方々からは陳腐な言い回しと想われるだろうが、彼女等から "勇気" を貰った事は確かデス。
 黙祷。

ついでに:
 当時老生はチコッとだけ独語会話が出来たので柔道選手@西ドイツ(当時)代表のお一人(当時は男子に限っていた)の都内案内につき合っていました・・・遠い昔の想い出デス。
 ケータイも電子メールも無い時代、以後しばらくは手紙のやりとりをしていたけど何時しか・・・ "今頃彼はどうしているのかな" 何て想ったりしました。




共通テーマ:日記・雑感

20231215:島崎俊郎さん逝く(俳優) [故人を悼む]

 6日に逝去。 享年68歳。

 何と言っても "オレたちひょうきん族"(フジTV)で爆発的人気を集めた "原始人キャラクター:アダモちゃん" で知られている。
 1980年代初め、"8時だョ!員集合"(TBS)と同じ時間帯で覇を競い合った番組だった。
 "昭和の笑い" ・・・ 今のとは全く次元の異なる "笑い" が人気を呼んだ時代だったか。
 フジTVが元気な時代でした。
 つくづく時の流れを感じます。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20231213:鈴木瑞穂(みずほ)さん逝く(俳優&声優) [故人を悼む]

 11月19日に逝去(訃報:11月28日)。 享年96歳。

 表現豊かな名脇役・・・と、どこの訃報記事でも記されていました。
 老生の様な世代にはとても "身近な" 役者さんで、
   "黒部の太陽"(’68)の技師役
   "富士山頂"(’70)の会計課長役
   "砂の器"(’77)の捜査一課長役・・・①

を想い出す一方で、"新幹線大爆破"、"動脈列島"、"人間の証明"、"皇帝のいない八月"、"野性の証明" 等も記憶に残っているのです。

 特に①の様な警視庁捜査一課/二課の課長役とか部長刑事役では故・"堀雄二" さんと並んでダントツのはまり役でした・・・とは老生の自信ある印象だ。
 多数の俳優さんが刑事役を演じておられるが、故人と堀雄二さんを越える存在感を示す方はいないと老生は感じている。
 故人の政治信条は老生とは異なるが、好きな名脇役者さんでした。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20231208:山田太一さん逝く(脚本家) [故人を悼む]

 11月29日に逝去。 享年89歳。

 何処の訃報記事でも代表作としてTVドラマ "岸辺のアルバム" や "ふぞろいの林檎(りんご)たち" が紹介されている。
 老生は、1977年の連続TVドラマ:"岸辺のアルバム"(TBS)を時々見ていた記憶があって、極々普通の家庭が倒産・不倫等を介して崩壊していく様を描いていた。
 それ迄の "ホノボノ感" 満杯ホームドラマとは大違いの辛口ドラマだった。
 圧巻は最後の画面で、水害により家が崩壊するのだが、これは実際に起きた "多摩川水害"(1974年)により堤防が決壊して家屋が流失されていった事件そのものだった。
 家が流出していく事も大変な衝撃だが、"家族のアルバム迄もが失われていく事の悲劇" が標題には隠されていたのだが・・・確かそうだった。

 一方の1983年のTVドラマ:"ふぞろいの林檎たち"(TBS)は青春群像劇だったらしいが、観た覚えが無いのが残念だ。

 同じく見逃しで残念だったのはむしろ映画 "少年時代" だ:
   原作:柏原兵三原’長い道
   漫画化:藤子不二雄A
   脚本:故人
   主題歌:少年時代(井上陽水)
   監督:篠田正浩
公開:1990年

 漫画の方は観てたんだけど・・・
 黙祷。

ついでに:
 驚いた事にこれがYouTubeに丸ごと投稿されていたんですよ(12月2日時点)。
 著作権との関わりが老生には不明だったので、観てはいけないと勝手に想い込んで未だに・・・ハテ*2。

共通テーマ:日記・雑感

20231206:H.キッシンジャー氏逝く(元国務長官@USA) [故人を悼む]

 11月29日に逝去。 享年100歳。

 余りにも有名、かつ米国政治界に於いてはカリスマ的な存在だった方だ。
 ニクソン&フォード’共和党政権に於いて国家安全保障担当大統領補佐官、次いで国務長官(=我が国の "外務大臣" に相当)を努め、"米中関係正常化" や "ベトナム戦争終結" に取り組んでいた。

 米中関係正常化に向けては、1972年時のニクソン大統領電撃訪中を実現させた。

が、日本から観れば・・・:
 国を二分にした60年安保以降強固な同盟国になったにもかかわらず、今では禁止用語になっているのだろうが
   "我が国は 聾桟敷。 蔑ろにされた"

との憤慨も政府高官にはあったかに聴いた(今では "仲間はずれ" とか "蚊帳の外" とでも言わなければ)。
 世にこれを "ニクソン・ショック" と言ってたなぁ。

 1973年にはベトナム戦争終結に向けた "お手柄" で何とノーベル平和賞を受賞した事にも驚いた・・・サイゴン陥落を終戦と定義すれば、それは1975年の事だったのに。 ノーベル賞に "先払い"、いわば "先行表彰" があるとは知らなかった。
 その証拠と言って良いのかどうか、同時に受賞とされた北ベトナム側要人は
   未だ平和に至らず

との事で受賞を避けていた。
 当事者の片方だけの平和賞ってなんなんだ・・・って話題でありました。

 日米関係では沖縄返還交渉にも関与したとされ、所謂 "核密約" を作成し、当時の佐藤栄作総理大臣/ニクソン大頭領の署名となったとも伝えられていた。

老生の想うところに過ぎないが・・・:
 冷戦時、ソ連(当時)と対峙していた米国の対中国政策に当たっては、故人は中国史を俯瞰した上で、
   "経済的に豊になれば米国と同じ価値観を共有出来る"

とのとらえ方があった様で、今日の中国の有り様を観ればそれが如何に "的外れ" だったかは明かだ。
 台湾問題の起源を造ったのは故人に他ならない。
 中国人の本質は "中華" 思想にあり、故人には中国人はもとよりアジア人を理解するには至らなかったと言う訳だ(とは老生の理解であります)。
 要すれば "大国主義" で、米国・ソ連(当時)・中国の3カ国が敵対せずに共存出来れば世界平和を実現させ得るとの信念の下だろうが、通算100回程も訪中しているそうだ(出自:NHK’デジタル・ニュース)。
 同盟国たる日本なんぞは小国扱いで、 "アウト・オブ・眼中" だった訳だろうし、それに英国やフランスを特別に重視していた節も見当たらない。
 実際、100歳となった今年7月に中国を訪問して習近平国家主席と会談していて、今以て中国&ロシア以外への関心は薄かった様だ。 インドを中核としたグローバル・サウスの存在感等は眼中に無かったに違い無い(かも)。

 多くのメディア訃報記事では "外交戦略家" と紹介されていて、我が国の政治評論家や米国政治専門家はこぞって礼賛一色だが、老生はむしろ "策士" だった様な印象しか持てない。
 と言うのも、繰り返しになっちまうが、故人が深く関わったベトナム戦争終結に向けた "パリ和平協定" は1973年に調印され、その後のサイゴン陥落迄の2年間に米軍は "栄誉ある撤退" の名の下でベトナムを去る事が出来、協定の上では、決して所謂ベトコンに "敗北" した訳では無いとの扱いにされているのだ。
 故人をモデル化した "G13" シリーズ中のエピソードは幾つかあって、策略家らしい人物像が描かれている・・・は蛇足か。
 老生は故人を好まないが、沖縄返還の緒を切り拓いた事は確かなので、黙祷。

共通テーマ:日記・雑感
前の20件 | - 故人を悼む ブログトップ