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20170221:今日は "二重らせん" [ただの私見]

 今日は、J.ワトソンとF.クリック(W-C)の二名によるDNA分子の二重らせん(ダブル・ヘリックス)構造が発見された日(1953年)とされています(出所:WikiPedia等)。

 1953年(昭和28年)といえば、日本では街頭TVの力道山演ずるプロセスが大人気だった時代で、昨年話題となった "シン・ゴジラ" の本家本元 "ゴジラ" の撮影が真っ盛りだった(公開は1954年)頃の事です。

 W-Cは、自ら手作りの分子模型を組み立て、当時迄に知られていたX-線回折像(*)を矛盾無く説明するDNA結晶構造を組み立て、DNAが二重らせん構造を形成する事を示しました(お二人がX-線結晶構造解析を、つまり、X-線回折像から結晶構造を導き出した訳では無く、逆に "分子模型から計算されるX-線回折像 = 実測されているX-線回折像" である事を示した訳です)。

 (*)結晶は規則正しい構造なので、X-線を照射すると特有の回折像を形成します。
   この特有の回折像から結晶構造を導く事をX-線結晶構造解析と称します。

 W-CのDNA二重らせん構造発見物語は、自然科学上の最大発見の一つにふさわしく、わくわくさせる "自叙伝"(J.ワトソン著:二重らせん)で見事な迄に語られています。
 "きれい事で済まない"、"凄まじい限りの先陣争い" も発見者の立場からとは言え、極めて興味深いものがあります。

 特に、当時著名とは言えなかった二人が、ポーリングと言うノーベル賞を受賞している米国の大々化学者に目の前で打ち勝つ有様を素直な迄に書き下した描写は、今再読しても息をのむ程です。

 DNA二重らせん構造の発見から遺伝の仕組み(複製と伝達)が理解され始め、今では人を含む数多くの生命体の遺伝子構造が解りつつあります(と言う事です・・・自分は専門家では無いので)。

 人の遺伝子構造の解明からは、僅か半世紀強しか経っていないのに、新たな医薬・医療の発見・発展につながり、人類がアフリカからどの様な形跡を辿って各地へ広まっていったのか、つまり "われわれはどこから来たのか" ・・・への答え迄もが見つけられ始めている様です。

 それだけDNA二重らせん構造の発見の意義・影響は大きく、広く、今は一括りに分子生物学と呼ばれている学術分野が形成されています。
 この分野における多数の日本人科学者の活躍は誇り以外の何ものでもありませんが、二重らせん構造発見物語に何ら関わりを持っていない事が些か寂しい感じです。

 日本人って、やっぱり物事最初の発明・発見よりも応用展開が得意なのかなぁ・・・
 今日は少しだけ真面目に考えに耽りました。


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