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20221215:江原真二郎さん逝く(俳優) [故人を悼む]

 9月27日に逝去(訃報:12月9日)。 享年85歳。

 自分には映画が娯楽の王様だった頃と重なっている俳優さんだ。
 なんと言っても
   米(東映:公開1957年)

でいきなりの主役を演じられた・・・自分は池袋東映館で "封切り" を観た覚えがある。
 チャンバラ専門の感があった東映が社会性ある問題作を制作したとあって、当時話題になった・・・と記憶しています。
 でも貧しい農村の因習と新しい価値観とのぶつかり合い・・・多分、理解出来ていなかったと想います(今になって考えれば)。

 代表作には、この他、"純愛物語" や "武士道残酷物語" もありました。 いろんな役で活動されたが、吉岡清十郎役(@宮本武蔵)や犯行側主役を演じられた
   十津川警部シリーズ:寝台特急殺人事件
  (TBSTVドラマ:十津川警部役=故・渡瀬恒彦さん版)

が自分には印象に残っている。
 役に共通しているのは "少しだけ影" のある人物だった・・・そう覚えています。
 因みに、奥様の中原ひとみさん。 結婚された当時、この方の美しさは男子中高生に圧倒的な人気がありました。
 黙祷。

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20221214:志垣太郎さん逝く(俳優) [故人を悼む]

 3月5日に逝去(訃報:12月6日)。 享年70歳。

 彫りの深いお顔立ちが印象に残っている俳優さんだった。
 我がワイフ殿と自分には
   男は度胸(NHKTVドラマ)・・・①
   新・平家物語(〃)・・・②

で、天一坊役(①=徳川幕府八代将軍吉宗青春物語)、それに源義経役(②)が記憶に残っていて、主役ではなかったのの、それを喰っていた役者ぶりでした・・・そう言う感じでした。
 自分の勝手な思いでしたが、故人には
   城昌幸:若さま侍捕り物手帳

シリーズの若さま役を演じて欲しかったのだが(*)・・・ピッタリ役だと信じていました。 実現されなかったのはとても残念です。
 黙祷。
-----
(*):老生の記憶によれば、過去の若さま役は
   東映映画:故・大川橋蔵さん
   TVドラマ:故・田村正和さん、東山紀之さん
でした。

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20221210:渡辺徹さん逝く(俳優) [故人を悼む]

 11月28日に逝去。 享年61歳。

 随分前から大病を繰り返しておられた事を訃報記事で知ったが、それにしても余りに早い旅立ちで、驚きでした。

 人気TVドラマ:"太陽にほえろ!" で愛称 "ラガー" の新米刑事役でデビューし、お約束通りに数年で殉職していた。
 その後も舞台に、映画に、TVドラマやバラエティ番組に出演され、活躍は続いた。

 マヨネーズ大好きとかで、半端無い愛好家だったとか、 奥様の榊原郁恵さんの食事舵取りで健康を取り戻して・・・と想っていたのだが。

 我がワイフ殿&老生には、故人の
   NHKEテレ:"地球ドラマチック"

のナレーターが大の好みだった。
 加えてラジオ好きの老生は
   NHKR2ドラマ:"少年探偵団"

がお気に入りだった。 確か、コロナ禍が本格化し始めた頃だったかに記憶している。

 そう*2、昭和世代の老生の記憶に残っているのは、山瀬まみさんと前田美波里さんを招いた昭和レトロ商品のなつかし紹介/解説TV番組だったが・・・確かTV東京版だった。

 あの穏やかな語り口がもう聴けないのか・・・と想うと寂しい限りです。
 黙祷。

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20221121:白木みのるさん・・・逝ってしまっていた(役者&事業家) [故人を悼む]

 10日ほど前に突如の訃報記事が掲載され、驚きました。
 2020年逝去。 享年85歳若しくは86歳。

 某スポーツ紙が親族へ取材に出向いた折に知らされたとの事だ。
 故人は、なんと言っても
   公開TVコメディ:"てなもんや三度笠"

の "珍念" 役で出演されていた事で全国的に著名になったお方だ。
 故・藤田まことさん&財津一郎さんとの3人が活躍するTV版大衆演劇が大人気だった。 日曜夕方からの30分・・・1960年代の代表番組的存在だったのではなかろうか。

 故人は実業家としても成功していたとの事だ。
 コロナ禍の下、騒がれずに旅立った事は故人の希望だったのか。
 黙祷。

因みに:
 今と違って故人の身体的特徴を受け入れる事が無かったNHKとは "絶縁" 状態だった・・・とは、ネット記事で初めて知った。
 "皆様のNHK"・・・って事が文字通りなら、当時の私等日本人の多くが偏見の持ち主だったと言う事なのか。 しばしの自問でした。

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20221116:村田兆治さん逝く(元・プロ野球投手) [故人を悼む]

 11日未明に逝去。 享年72歳。

 "マサカリ投法" & "サンデー兆治"・・・独特の投法&今のような分業制と異なり "先発完投" が当然視されていた時代のローテーション間隔。 プロ野球への関心が薄い自分であってもよく覚えている。 通算200勝超の戦績は今の投手では実現不可能なのではなかろうか。
 野茂さんの "トルネード投法" が独特だった事も想い出すと、当時は個性豊かな投手が活躍する幅があったのか。 そう言えば今は滅多に無い(?)名・下手投げもいたような覚えが・・・

 故人は肘を痛めて、当時はMLB界でも成功の保証が確保されていた訳でも無い "トミー・ジョーンズ手術"(:利き腕の反対側腕の肘腱の移植)を受け、苦しいリハビリを克服して見事な復帰を果たした・・・何処の分野でも何事も先例が幅をきかす我が国で、この手術に挑んだ精神の強さを感じずにはいられない(そう言えば、あのオータニ選手も同じ手術を受けていましたねぇ)。

 現役引退後は、少年野球の普及に尽くす等の活動をされておられたが、この9月下旬だったか、羽田空港で "暴行" 事件を起こした容疑で逮捕され、今は在宅捜査を受けていたところだったとの報道だった。
 被害を受けた側のお方には申し訳無かったけど、この報道を知った時は "何かの間違い" だろう・・・程度の思いしか無かった。
 "抑えきれない何か" があったんだろうなぁ・・・としか、今では想う外無い。

 それでも、当時の弱小球団で自己の信念を実現された故人の様な方は、そうは簡単に輩出されない人材だったに違い無い。
 黙祷。

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20221114:J.L.ルイスさん逝く(歌手@R&R黄金時代) [故人を悼む]

 10月28日に逝去。 享年87歳。

 1950年代央。 もう殆どの方々が知らないR&R黄金時代を到来させたおひとり。 E.プレスリーやC.ベリー等が一番輝いていた時代を一緒に駆け抜けたとも言える。

 R&R歌手にしては珍しくもピアノの奏者で、鍵盤をたたきつけるその様が熱狂を呼び込んでいたのが今は大昔の事だ。
 それを知る老生は、ダック・ウォークしながらのギターを弾くC.ベリーを想い起こすばかりです。

 "Great Balls of Fire" (火の玉ロック)が大ヒットしてカバーも多い。
 R&R’先駆者へ黙祷。

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20221028:仲本工事さん逝く(ザ・ドリフターズ) [故人を悼む]

 10月19日に逝去。 享年81歳。

 前日、横浜市西区の信号無い交差点横断時に交通事故を受け、急性硬膜下血腫でお亡くなりになったとの報道だ。
 事故直後の速報では "重症" と報道するTV局もあって、"命に別状は無い" との続報を待っていたのだが・・・

 あのTBS系公開番組 "8時だヨ!全員集合" で圧倒的な人気を集め、"ザ・ドリフターズ" 一人勝ちの時代があって、そこでは素人とは想えない体操演技を披露されていた事を想い出す。
 当時、この番組は小学生の一部母親連中が "絶対に見せてはいけない最悪番組" と声高の叫びを放っていたのだが、今ではそんな事を誰が覚えているだろうか。

ところで:
 自分の様な年代になると、故・いかりや長介さん率いるザ・ドリフターズはロック・バンドとして良い線いっていて、ザ・ビートルズ来日公演の時に "前座" を務めた程の腕前を保っていた事の方をいっそうに想い出す。
 故人はそこで "ロング・テール・サリー"(邦訳名:"のっぽのサリー" )の今で言う処のリード・ボーカルを担当していたと記憶している。 この曲はE.プレスリーもシャウトしていて好きな方の曲だったけど、我が国では大ヒットには繋がらなかった。

 ザ・ドリフターズ’リーダーの長介さんには特異キャラの刑事役とか弁護士役を演じたTVドラマ・シリーズがあるので、時たまお目にかかれるのだが・・・
 お仲間の志村けんさんはコロナ感染で、それに続いての旅立ち・・・交通事故とは言え、"時の流れ" は如何ともしがたい。 つくづくそう感じます。
 黙祷。

加えて:
 事故のあった場所は、信号の無い交差点で、横断歩道 "禁止" 区域との報道もあった。
 横断できる箇所までは、特に高齢者には遠い道程だったに違い無い。 "いかん事だ" と解っていても、年寄りには "辛い" 時があって、自分もたまに横断しちゃうのだ。
 例えそうであっても、クルマ運転者側には横断者を見かけたら即時停車する事が法で定められている。
 歩行者も運転者も気をつけたいものです。
 "年寄りを観ても嗤うな いずれ来る路なり"・・・って言うじゃ無い?

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20221026:R.コルトレーンさん逝く(俳優@英国;森の番人@H.ポッターにして元KGBエージェント@007) [故人を悼む]

 10月14日逝去。 享年72歳。

 あの "ハリー・ポッター" シリーズでお馴染みの "森の番人:ハグリッド" を演じられた方だ。 実に堂々とした桁外れの巨人だった。

 それ以前に、"新装" なった "007シリーズ" 第1&2作に "元KGB諜報員" として出演されていた(但し敵役では無かった)。 この第1作( "ゴールデン・アイ" )の主役はP.ブロスナンだったが、006役のS.ビーンの存在感が大き過ぎた印象が残っている。
 ネットで覗くと随分と沢山の映画に出演されていた様で、自分は知らないのが多かった。
 番人が旅立った魔法の森はどうなるのか。
 閉じられるのか。
 黙祷。

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20221022:A.ランズベリーさん逝く(俳優;ジェシカおばさん) [故人を悼む]

 10月11日に逝去(訃報:14日)。 享年96歳。

 我がワイフ殿は、
   A.ヒッチコック’ガス燈・・・①
   ジェシカおばさんの事件簿・・・②

がお気に入りで、①の録画版を、②のDVD版を時々観ている。
 ①では小間使い(?)の様な役回りだったと想うが、②では明るく元気溌剌なお婆さま素人探偵の役回りだった。
 が、そのシナリオ原案には "刑事コロンボ" の制作・脚本を手がけた凄腕の二人が加わっていて、パイロット版の評価が高く、シリーズ化された様だ。
 我が国ではNHKTVで放映されていて、故・森光子さんが吹き替え担当だった。

 同じお婆さま探偵ものの "ミス・マープル探偵" 談では主役女優が3代か4代替わりつつシリーズされていたが、その雰囲気は "しっとり型" で、ジェシカさんの活躍は "明るい"・・・英国と米国ミステリの違いだろうか。

 ともあれ、楽しませて貰えました。
  黙祷。

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20221008:アントニオ猪木さん逝く(格闘技家) [故人を悼む]

 10月1日に逝去。 享年79歳。

 故人が "燃える闘魂" でいつも話題を呼んでいた事は知っているし、そのパフォーマンスも独特だったと感じている。
 格闘技好きの自分ではあるが、余りにショ-化したプロレスはチコッと好みからは遠く、観戦する事は無くなっていた。

 かって奥様だった方が
   アントンはいつも頭にあるのはブラジルの事ばかり

って仰っていた事を今更ながら想い出す。

 ここ横浜ご出身で、中学生時代に家族揃ってブラジルに移住。
 その先で故・力道山の巡業中にスカウトされ、その後にプロレスラーとして一世を風靡した事も知っているし、異種格闘技戦として世界中から注目された故・ムハマド・アリ(改名前:カシアス・クレイ)氏との闘い(1976年6月@東京)は前評判とは裏腹に拍子抜けした思いも残っている。
 ボクシング選手は立ってだけの勝負なのに、レスラーの方が仰向けに寝た姿勢の足蹴りだけでは真面な試合にならず、正直面白くなかった。

 それでも政治の世界に関心をお持ちだったのか、国会の先生にも選出された事もあった。
 特別に覚えているのは独自のルートをお持ちだったのだろう、北朝鮮へ数回訪ねている事だ。 この度の旅立ちをこの国のトップが弔意を示すのかどうか、気を付けておかなければなるまい。

因みに:
 故人を一度だけだがお見かけした事があった。
 何時の頃だったか定かでは無いけど、紀ノ国屋世田谷店(@東京都世田谷区)での買い物清算時に、私等夫婦の前に並んだのが故人だった。
 肩幅が広い方だったが、背丈は特別に高い・・・とは感じなかったか。
 激しい競技人生を送られているのだからお肉類をどっさりお買い上げされているのだろうなぁ・・・なんてさりげなくバスケットを覗いたら数点だけで、意外感仕切りでした。
 レジ清算時もお辞儀しながら物静かで、礼儀正しかったのも今や懐かしい想い出になりました。

 難病と闘われての旅立ちと訃報記事にあった。
 いろいろとお疲れ様だったに違い無い。
 黙祷。

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20221007:三遊亭円楽師匠逝く(噺家) [故人を悼む]

 9月30日に逝去。 享年72歳。

 つい先だって圓窓師匠の旅立ちがあったばかりなのに、今度は "同門" 六代目円楽師匠の訃報に些か驚いた。
 自分にはこの呼び名よりも "楽太郎" 師匠の方が馴染みだが、想い起こせば六代目襲名から10年以上も経っているのだ。
 何処の訃報記事でも、あのご長寿番組 "笑点" で、圓窓さんが退いた後に大喜利レギュラーの座に着いた事に触れているのは当然だと想うけど、そう言う役回りだったのか、そこで演じられた "故・歌丸師匠弄り" って言うか、キャラとして設定された "年寄り虐め"/"腹黒芸" を自分は好まなかった。

 また一門の大名跡であり、"止め名" とされてきたところの "圓生" 名を飾っておくだけでは無く後継が引き継ぐ機会を設ける意図で名乗りを上げようとされている・・・との報道記事を見かけた事があったが、自分は何となく・・・ピンとこなかった。

だが・・・:
 本当は今の日本で失われているユートピアを取り戻すためにも落後の世界へ若い人々に招く事に奔走されておられたとか・・・訃報記事類から初めて知る事でした。

 自分が知らされていたお人柄はTVからの "虚像" だったんですねぇ。
 素直に黙祷です。

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20221003:石井いさみさん逝く( ”ナナハン”・ライダー原作者) [故人を悼む]

 9月17日に逝去(訃報:24日)。 享年80歳。

 '70年代央から '80年代前半にかけて(青)少年等を夢中にさせたヒット作品:
   750ライダ-(ナナハン・ライダー)

の原作マンガ家だ。
 週刊少年チャンピオン誌(秋田書店刊)に連載されていた。
 ここで言う "750" とは
   750ccオートバイク "ホンダ・ドリーム号"

の事で、当時では滅多にお目にかかれない程に超精密に描かれていた。
 これに乗って通学する主人公は、初めのうちは眼光鋭い不良っぽい "劇画調" 高校生だったが、人気が出初めてしばらくすると "ギャグ" マンガっぽい戯けた感じの少年に絵柄が変わっていっちまって、自分は読むのを止めてしまっていた・・・ので、結末は今以て知らない。

 当時はオイル・ショック前の "行け*2時代" のせいか、バイクとかスーパーカーを乗り回す少年マンガが多かった。 池沢さとしさんの "サーキットの狼"(週刊少年ジャンプ)がそうだったか。
 残念な事には、オイル・ショック後はバブル期前までは景気後退時期で、この種のマンガは勢いを無くしていった感じがしました。
 でも少年漫画界の一時代を築いた功績は大きい。
 黙祷。

追記:
 コロナ禍の影響か、単独走行が楽しめるオートバイ人気が2020年以降になって再燃していて、若者どころか、中年以上の方の免許取得数が増えているそうだ。
 また遠ざかっていた方が戻ってきてオートバイを再び楽しむ人も増えてきているとか・・・この方々の事を
   リターン・ライダー

って言うらしい(日経紙:2022年9月24日付け夕刊くらしナビ紙面)。
 とすれば、そんな方々が "ナナハン・ライダー" を想い出して、こちらも人気再燃?・・・そうなれば故人への功徳になり、その心としては "挽歌" のつもりになってくれれば。

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20220928:六代目三遊亭圓窓師匠逝く(噺家) [故人を悼む]

 9月15日に逝去。 享年81歳。

 自分の印象では、ド派手身振り手振りの噺家では無かった。 落ち着いた人情噺、例えば "芝浜" なんぞが好みだったか。
 訃報記事で想い出したのが、あの "笑点" でレギュラーを張ってた事で、おふざけ連中の中、"まっとう" な役で、これも自分には好みだったが。

 更に想い出すのは、"落後協会分裂騒ぎ" の時に六代目圓生師匠が一門を引き連れて脱会したが、二年後に復帰した事、またこの大名跡の襲名問題で "内輪もめ" もどきがあった時に一度は手を上げたが、舞台裏でいろんな駆け引きがあったのか、何事も起こらずに "幕引き" になった事だ。

 最近、七代目圓生襲名の噂があるけど、六代目の話芸に馴染んだ自分の世代にはピンとこないのが正直なところ。
 手を上げたがっている方がいる様だが、その彼には芸の深さが感じられない。
 故人の襲名なら納得していたんだが・・・そんな想いです。
 何処の世界でも "人事" は難しい。

 黙祷。

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20220925:J.L.ゴダール氏逝く(映画監督@仏) [故人を悼む]

 13日に逝去。 享年91歳。

 1960年代、フランス映画に新しい波("ヌーベル・バーグ")をもたらした方だ。
 型に嵌まった映像を拒否し、ストリート・ムービーさながらの躍動感溢れる映画は世界中で好意的に迎えられた。
 自分は、
   勝手にしやがれ(1960)・・・①

   気狂いピエロ(1965)・・・②

の2本しか観ていないが、斬新でしたねぇ。

 奇しくも一年前、9月6日に①&②で主役を演じたJ.P.ベルモンドさんが旅立っている。
 これでヌーベルバーグの立役者は
   皆、いなくなってしまった

です。
 この歳になると、いろ*2な時代を変えてきた方々の訃報を聴いて、その瞬間を想い起こす事が多くなりました。
 黙祷。

蛇足ですが・・・:
 ②のタイトルなんぞ、今では通用しません。
 PC漢字辞書の中にはこの単語さえ登録されていないのもある・・・今はそんな時代です。

そう言えばこんな事もありました:
 故・横溝正史原作:金田一耕助’ "獄門島" 事件では、芭蕉翁の高弟子である宝井其角の有名な句:
   うぐいすの 身を逆さまに 初音かな
を見立てた第一の殺人が発生するが、その時節が句とは異なり
   "季違い" だが仕方が無い
と犯人が呟く・・・これを聴いた耕助が
   "気違い" だが仕方が無い

と "聞き違える" 有名な場面の事です。
 まぁ、犯人の方が狡猾のせいか、彼は連続殺人を見逃す点にかけちゃ、E.クイーンと双璧をなしますからねぇ・・・無理もなかとよって事です。
 勿論、今は映画/TVドラマでは "巧妙に" 言い換えているのですがねぇ・・・多分、年寄りは気がつくんだが。

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20220919:エリザベス女王の訃報に想う [故人を悼む]

 9月8日に静養先@スコットランドにて逝去。 享年96歳。

 僅かこの二日前には、新首相任命をされていたので驚き以外の何ものでも無かった。
 その報道と世界各国の反応が際だって大きく、逝去されて更なる存在感を与えている様に感じる。

 自分はこの方の "戴冠式" を小さな個人経営電気店の "開放TV" 中継(の筈は無いので多分録画?)で観た事を覚えている。
 訃報記事によれば1953年6月2日の事だった。
 当時は、TVは一般家庭に普及開始時期を迎えようとしていた時代で、駅前とか、商店街、或いは神社等のチコッとした広場に櫓を組んだ "街頭TV" で放映された故・力道山のプロレス中継に大勢が群がって観ていた時だ。
 裕福な家庭からの購入がやっと始まっていて、電気店では次に買いそうな家庭の子等には展示用TVを開放もしていたのです。 我が家は決して裕福では無かったし、TV購入も決して早いとは言えなかった(?)けど、結局はこの電気店からだったか。

その戴冠式では:
 各国の王族とか元首級要人が参列していて、順に女王に対面する場面が延々と中継されていた。
 我が国からは時の皇太子殿下(現・上皇陛下)が昭和天皇陛下御名代として参列されておられたが、その女王との対面が随分と後の方だった記憶がある。 つまり、"まだか*2" と待ち望んでいた訳です。

 それが当時の日本の立ち位置だった・・・と知ったのは大分後になってからの事だった。 当時の自分は小学生上級生で、僅か戦後8年、主権回復1年後足らずの時で、英国やオランダには旧日本軍捕虜の方々を筆頭とした反日感情/勢力が大きく立ち上っていた事なぞ、知る由も無かった。
 皇太子にとっては大変な時代環境の中での戴冠式ご参列であった訳だが、時の首相であった故・W.チャーチル氏の周到な働きかけで反日感情の爆発が抑制され、以後、英王室と我が国皇室との接点が持続的に発展して来ている事を知ったのは、高校生時代、日本史授業の最後の駆け足説明に過ぎなかった "戦後史概説" を受けてだった。

 "noblesse oblige"( "ノブレス・オブリージュ" : 高貴な生まれの方々が生まれながらにして課せられた社会的責務)・・・って言葉があるが、まさしくこれを体現され、一生を英国に捧げた方だった様で、本当に大きな存在感を示された。 これ無くして英国民による王室認知は果たしてどうだったのか。
 中には決して表には開示出来ない外交秘話等を抱えた一生でもあったと想われる。 この歳になってだが、こう言う方々を拝見すると、王室や皇室の存在の今日的な意味が解る気がする。
 黙祷。

蛇足だが・・・:
 俗称 "英連邦" は今後どうなるのだろうか。
 故人の人柄故の文化的/経済的な繋がり維持が保たれていたのだとすれば・・・

気がついたのだけど・・・:
 トラス新首相の任命をされた生前最後に公開されたあの写真・・・故人の右手の甲には黒っぽい内出血跡の様なのが映っていました。
 表には決して出ていなかったけど、随分とお身体の調子を落とされていたのでは・・・と感じてしまった。
 どこかのニュースだったか、このスコットランド滞在には御覚悟を決めておられたと伝えていたが・・・

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20220914:古谷一行さん(俳優)の訃報を知って・・・ [故人を悼む]

 大分遅くのブログになってしまいました:
   8月23日に逝去(訃報:9月2日)。 享年78歳。

 多くの映画やTVドラマで主演を張っておられたが、晩年はつたない演技しか出来ない若手主人公を盛り上げる脇役を "好々爺" よろしくも演じておられた・・・とは、我がワイフ殿の言であります。

が・・・:
 やはり永きにわたって主役を務められたTVドラマ:
   金田一耕助シリーズ・・・①
   一連の松本清張作品シリーズ・・・②

での印象が圧巻だ。

 ①は、石坂浩二さん@映画版も良かったが、故人演ずる耕助も存在感において負けていない・・・とは自分の印象だ。

 ②は独壇場だった。
 清張ものを最多で演じた役者さんだったのではなかろうか。

 せめてもの幸いな事に①&②とも、その過半を録画してある。
 再見して故人を偲ぶ事に致しております。
 黙祷。

追記:
 "長谷川平蔵" 役@鬼平犯科帳は故・中村吉右衛門さんの当たり役だったが、"だましゑ歌麿"(TV朝日’時代劇) で演じた故人の平蔵も見栄えが良かった。

追記-2:
 自分は "杉下右京" を好まないけど、テロ組織 "赤いカナリア" のリーダーを演じた故人は、相棒二人を圧倒した存在感に溢れていたものでした。 こう言うのを "役者が違う" と言う。

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20220911:ミハイル・ゴルバチョフ氏逝く(最終書記長&初代大統領@元・ソビエト連邦) [故人を悼む]

 8月30に逝去。 享年91歳。

 米ソ冷戦を終結へ導いたとして歴史に名を残すべき政治家だ。
 が、最高権力者として推進した "ペレストロイカ" & "グラスノチ" 政策は、多民族国家であった事から連邦内民族意識を覚醒させて多くの独立国を産み、ひいてはソ連自体を解体させてしまったのは想定外だったに違いない。
 解体後であっても、社会的混乱を収束させ、かつ経済政策を成功させて新たに立ち上がった露国自体が超大国に留まっていれば歴史は様変わりしていたのだろう。
 が、失敗に終わった軍人によるクーデター後の権力者が余りの失政を続けた事が、今日の露国政治体制を産んだとされている。
 従って、故人は露国内での評価は高くないとの指摘は当然だと想われる。 加えて、混乱を収め、経済をそれなりの規模で復活させた現大統領を支持する多くの国民がいるのも納得しなければなるまい。

 その現大統領が故人に弔意を示したとの報道に些かの不思議感を抱いてしまった自分は歴史オンチなのか・・・と一瞬考えちまったが、
   そも*2、故人の存在が今の自分の生みの親

と捉えられる事に気がつき、納得した。

 理不尽な戦争を始めた大統領生みの親であったとしても、冷戦終結政治家であった事へ素直に黙祷です。

因みに・・・:
 ネット調べで初めて知った事でしたが、故人の父親はロシア人/母親はウクライナ人だったというから、今の露国によるウクライナ侵略戦争をどんな気持ちで眺めていたのか、ただ*2同情するしか思いつきません。

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20220909:稲盛和夫氏逝く(京セラ・JAL・第二電電) [故人を悼む]

 8月30日に逝去。 享年90歳。

 精密成形加工セラミックスの製造会社を立ち上げ、世界企業へ発展させ(京セラ)、その傍らで、無謀とも言われ続けた第二電電(DDI)を創設し、2000年には現・KDDIへと展開させた。 加えて、経営破綻したJAL(2010年)を3年足らずで再建した。
 正に "経営の神様" と呼ばれた由縁だ。

 京セラの技術者は偏差値の高い学卒の優等生的常套手段よりも、地道に要素技術を開発し積み上げていく事を厭わない人材が揃っていた様だ。
 と言うのも、自分が勤めていた素材メーカー所属の技術屋が同社へ転職した例が一件だけだがあって、その彼が一年と保たなかった。 決して劣った技術屋ではなかったのだが・・・"単なる優等生では通じなかった" とされていました。
 それを聴いた時は "ホロ苦かった" ですねぇ。

 またJALの経営再建では、役員会で某取締役が担当部門の再建案を提示したところ、故人は
   あなたは直ぐにJALをお辞めになるべきです

と言う様な意味の事を申されたそうだ。
 理由は、乗客への思いやり目線とコスト意識の余りの欠如だった様だ。 多分、優等生の作文した当たり来たりの見込みの乏しい再建策だったんだろう・・・って噂だった。

 DDI創設の時は、誰もが早々に失敗・・・と予測していたと記憶しているが、問題は抱えているとしても今のKDDIの姿を見据えた評論家等はいなかった。

 一線を画す人材は凡人の理解出来る範疇を超えている様です。
 こう言う方がドン*2排出してくれば日本も安泰な筈なのだが・・・
 政治の世界で乏しい人材に悩まされている我が国では、経済界でも同じ悩みを抱えているようだ。
 黙礼。

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20220902:三遊亭金翁さん逝く(噺家) [故人を悼む]

 8月27日に逝去。 享年93歳。

 このお名前は "隠居" 名であって、"四代目金馬"(襲名:1967年)引退後のものだが、自分にとっては "小金馬"(襲名:1945年)師匠時代が懐かしい(年代:ネット確認)。
 どこの訃報記事でも特記されていた様に、寄席の皆さんが揃った "お笑い三人組"(NHKTV)の主役のお一人として出演されていた。 この番組は家族揃って観る事が出来る娯楽番組として人気だったのを良く覚えている。 今にして振り返れば、"家族揃って" なんて "平穏" な時代でした・・・って言えるかも(今はそんな番組は皆無と言って良いだろうて)。 
 他のお二人は故・江戸屋猫八さん&故・一竜斎貞鳳さんだったが、主役のお三方が旅立ってしまった事に時の流れを感じる。

 故人の師匠であった故・三代目金馬師匠のお得意の一つは "孝行糖" のような賑やかなお噺だったが、四代目金馬師匠時代のそれは "文七元結" や "芝浜" だったとは訃報記事によるのだが、これは知らなかった。 共にお金に関わる所謂 "人情もの" お噺で、特に文七・・・は故・圓朝創作で、昭和の名人である故・圓生師匠ものと故・志ん生師匠ものは何回も聴いているが、金翁さんのは気がつかなかった。
 Youtube 版も無いようなので残念です。
 黙祷。

追記:
 故・三代目金馬師匠は、旅立ちの翌日付けの "自らの訃報広告記事" を各全国紙へ出稿されていた事を想い出しました。
 話題になったものでした。
 これを目の当たりにご覧になっていたであろう金翁さんも何かお考えがあったのかも・・・と、想わずにいられません。

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20220821:O.ニュートン・ジョンさん逝く(歌手) [故人を悼む]

 8月8日に逝去。 享年73歳。

 自分にとっては、J.デンバーのオリジナル:"カントリー・ロード" のカバー(1972年)で聴いた澄んだ伸びやかな歌声が忘れられない。 オリジナルでは聴き取れなかった歌詞も彼女版ではすんなり耳に入ってきたセイかもしれない。
 最大ヒット曲は "フィジカル" だったと想うが、これはディスコ調だ。 なので調子良い曲だ・・・なんて想っていた時、英語の達者な飲み友の話では、ネイティブなら誰でもが解るダブル・ミーニングが裏に隠されていて、実は相当な "あぶない" っていうか、 "いやらしさ" プン*2なのだと教えられてからは聴かなくなっちまった。
 とは言え、3.11被災者への祈りを込めたコンサート( Pray for Fukushima'2015 )を開催したり、親身な来日を重ねた方でしたねぇ。 国による表彰も頷けます。

 訃報記事によれば知らない事が二つありました:
その1:
 乳がんを患い、初期の段階で治療した事から啓蒙活動していた。今回の旅立ちはその再発によるとの報道が残念です。

その2:
 母方の祖父がM.ボルンで、理論物理学@大学を学んだものなら誰でもが講義を受けていた筈の
   -量子力学における波動関数の確率論的解釈・・・①
   -"ボルン近似"(粒子間衝突問題)

   -"ボルン・オッペンハイマー(の断熱)近似"
    (原子核/電子系の量子力学的扱い)

等で著名な方だった(①でノーベル物理学賞受賞)。
 へぇ・・・故人にはドイツ系の血が入っていたのか。
 全く知る由も無かったです・・・自分が上記を教わったのは故人がデビューするよりも気の遠くなるほどの昔だったので。
 黙祷。

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