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20190204:”旧庁舎解体”@大槌町(岩手県)のニュースを観て聴いて・・・ [ただの私見]

 先月19日、ついに大槌町@岩手県の旧庁舎が解体された。
 東日本大震災(2011年3月11日)による津波で、当時の町長と職員の方々計28名の尊い生命が犠牲になった旧役場庁舎だ。

 “本体解体” は僅か5時間程で大方終わり、今月中に “がれき処理” を、来月中、即ち本年度中には “跡地整地” を済ませるスケジュールとの事だ。

 町民の方々は、
   “津波の記憶が蘇るので見たくない” 派
と、
  ”震災遺構として残すべき” 派

に別れていて一枚岩では無い。
 但し、庁舎で使用していた “掛け時計” 等については保存した上で活用法を今後検討するらしい。

 東日本大震災を被った地域では過去何回も大きな津波に襲われた事があったという。 が、その経験は必ずしも受け継がれてはいない地域が多かったとの報道を覚えている。

 自分は大槌町には何の縁も無いので軽々に言うのは気が引けるが、今後20年・30年先には “代替わり” もあろうから、時計程度では何時しか “震災の事は記憶の片隅” に追いやられ、やがては忘れ去られるのではなかろうか(そうでなくとも私たち日本人は世界に類を見ない程に特異的な “健忘症民族” だ。 ∵ “辛い事は忘れ去る事でこそ奮い立つ” ・・・ 悲しい事にこれも経験から得られている事実なのだが・・・)。

 遺構として未来への橋渡しにするには “建築物” との考えから、広島市には所謂 “原爆ドーム”(”広島平和記念碑”) が保存されているし、ベルリンには “鐘楼”@カイザー・ヴィルヘルム教会が被災ままの姿で保存されている。
 これ等の遺構は、見る度に ”戦争の悲惨さ”、次いで “人間の愚かさ” を想い起こさせるし、”二度と起こしてはならぬ” との決意を促す・・・何方もご経験されているのでは。

 津波を経験された方々には辛い記憶を呼び覚ます遺構なのでしょうが、子々孫々への “自然災害を忘れてはならぬ” との “警鐘” として残されなかった事が残念です。

 津波に襲われる懸念の無い横浜市北部丘陵地域に住んでいるからこその “勝手な言い草” だ・・・との “お叱り” が聞こえる想いではあります。
 大槌町の皆様、ホントに勝手な事、申し上げてしまいました。
 m(_ _)m


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